「好奇心こそが人間の進化の源泉」。天文学者・小久保英一郎さんが語る宇宙の神秘とオリエントスター「Mコレクションズ」

2023年10月10日

今秋、オリエントスターより技術と感性を凝縮した「Mコレクションズ」が発表されました。3つのコレクションに冠された「M」の文字は、天文学的には星団・星雲を識別するための記号であり、それはまた未知の表現を探求し続けようというオリエントスターの意志の現れです。天文学と時計作り、全く異なる分野でありながら、なぜ同じように人々は宇宙に魅了されるのでしょうか。天文学者・小久保英一郎さんとオリエントスターの企画担当・三宅哲也の対談から浮かび上がってきたのは、「好奇心」というワードでした。

文:with ORIENT STAR 編集部

人類が時間を意識したきっかけは宇宙にある

三宅哲也(以下、三宅) 今日はよろしくお願いします。まず、私から「Mコレクションズ」の狙いについてお話をさせていただきます。オリエントスターというブランドは1951年に誕生し、現在はエプソンの1ブランドになっています。われわれセイコーエプソンには創業以来、80年以上も積み重ねてきたさまざまな技術やノウハウがあります。そうした技術やノウハウをより積極的に使っていきたいという思いが一つ。それと、より長くご愛用いただくために、変えるところと変えないところを厳選しようと決めました。時計の印象を決定づける基本的なデザインは変えずに、われわれの“顔”となるような長く親しまれるものを作ろうと。そうした思いから立ち上げたのがMコレクションズです。3つのコレクションがあって、それぞれ「M45」「M34」「M42」というネームを冠していますが、これは小久保先生もよくご存じのメシエカタログ(※1)からの引用です。星団、星雲のように何万年と変わらない輝きのあるものを作ろうという思いを重ねています。

※1 フランスの天文学者であるシャルル・メシエが作成した星雲・星団・銀河のカタログ

今年発表されたMコレクションズの新作から。中央が秋田県の名所、田沢湖の秋の情景をテーマにした「M45」、右がオーロラを表現した「M34」、左が今回新たにチタン素材を採用したダイバーズウオッチの「M42」。それぞれ基本的なデザインは変えずに、文字板や素材で新しい表現を創出している

小久保英一郎さん(以下、小久保) そういう変わらない時計を作ろうとする会社があるのは、すごくいいですよね。時計は、きちんと使えば世代を超えて使い続けられますよね。子どもや孫の世代になっても大きく変わらないでいてくれること、きちんと修理してくれるというのは、すごくうれしいことだと思います。これは機械式の時計ですよね?

三宅 そうです。天文学とのつながりでいうと、われわれは月齢表示というものも一つ大切にしていますが、それもすべて機械で動かしています。

小久保 いいですよね。僕も電池より機械がいい。僕が好きな機械に、古代ギリシャ時代に作られたアンティキテラ島の機械(※2)というものがあって、あれは惑星や月、太陽の運行を機械に置き換えて知る、理解するためのものだったと思っています。宇宙のことわりには、実は駆動している何かがあって、それを歯車に置き換えて世界を理解しようと考えたのだろうなと。

※2 地中海に浮かぶアンティキテラ島近海の沈没船から発見された古代ギリシャ時代の遺物。天体運行を計算するため作られた手回し式の太陽系儀であると推定されている

三宅 アンティキテラ、私も興味があります。規則性があるから歯車に置き換えられるということですよね。

小久保 規則性、周期性を生み出すという部分で、宇宙を理解するのに分かりやすいんですね。歯車、僕は大好きで、子どもの頃はよくものを分解して歯車を取り出していました。歯車萌えっていうんですかね(笑)。元に戻さないからよく親に怒られていましたけれど。それはそうと、ニュートンですら、そういう機械論的な宇宙観を持っていて、惑星の運行も歯車のような仕組みで説明できると考えていたんです。

三宅 なるほど。

小久保英一郎さん。国立天文台科学研究部教授。専門は惑星系形成論。理論とシミュレーションを駆使して惑星系形成の素過程を明らかにし、多様な惑星系の起源を描き出すことを目指す。趣味はスクーバダイビング。1968年宮城県生まれ

小久保 それで今回、オリエントスターさんのお話を頂いて思ったのが、暦や時計は宇宙の天体の運行とすごく密接に関係していて、地球の自転が1日を決め、公転が1年を決める。どちらも回る運動なんです。で、この回っている天体が僕は大好きなんですね。小さい頃に土星の環を見て“カッコいい!”と思って、今も回っている天体が一つの研究テーマ。自分は回っている天体の美しさが好きなんだと、はっきり自覚したのは結構最近ですけれど(笑)。

三宅 回っている天体以外にはどんなものがあるんですか。

小久保 宇宙には大きく2種類の天体があります。回っているものと、めちゃくちゃ運動しているもの。多くの物質が集まって有限の大きさを持っているものを天体と呼んでいますが、宇宙では引力が働くので放っておくと物質同士がどんどんくっついていき、結果ブラックホールになってしまう。そうならないように、引力を相殺するものが必要なんです。先ほどの2種類の後者、めちゃくちゃ飛び回っているものはくっつかずにいられます。例えば太陽は水素の固まりですが、なんでつぶれないかというと、あの中で水素が高速で飛び回っているからです。

三宅 もう一つの回っているものも、引力に負けないということですか。

小久保 そうです。遠心力が働くので。例えば地球も太陽の周りを回っているから、その遠心力のおかげで太陽にくっつかないで済む。そういう天体はいっぱいあります。ここから時計につながるのですが、回るということは周期的に動いているので、周期性が生まれます。それは言い換えると時間を計る秩序があるということ。天体の自転、公転という周期的な運動があったから、人間は時間を考えられるようになったと言えます。

なぜ地球の自転は現在の速さになったのか

三宅 今回私たちが立ち上げたMコレクションズの一つが、「M45」というコレクションです。これは、おうし座の散開星団(プレアデス星団)をテーマとしたもの。日本では“すばる”という名前で古くから親しまれていることから、普遍性を一つのコンセプトとしています。

M45コレクションについて

小久保 僕の生まれは宮城県の仙台の田舎のほうなので、夜になると星がよく見えるんですね。子どもの頃はよくすばるを見ていました。散開星団といって若い星の集まりで、ちょうど今頃、9月くらいからすごくきれいに見えるんですよ。

三宅 散開星団というのは、どうやってできるのですか。

小久保 星って結構、集団で生まれるんです。温度の低い水素の固まりがあって、それが縮みだすことで星が生まれるんですが、同時にたくさんの星が生まれます。若い頃はそれらの星が一緒にいるんですが、大人になるとばらけて、銀河系のあちこちに散っていく。だから、すばるは若い星なんですよね。

三宅 若いといっても…。

小久保 100万年とか。それでも若いです。太陽はだいたい45億歳なんで、それに比べたらめちゃくちゃ若いです(笑)。

M45コレクションから今秋登場した「M45 F7 メカニカルムーンフェイズ」(RK-AY0120A)。秋田県の田沢湖の秋の情景を、白蝶貝の文字板と月齢表示で情感豊かに表現した。数量限定モデル

三宅 もう時間の単位が全然違いますね。それで、このM45コレクションの特徴の一つが、月齢表示を備えたモデルが多いことです。私が不思議に思うのが、月がずっと同じ面を地球に向けているということ。少しくらいずれそうなものなのに、どうしてですか。

小久保 月ができた直後くらいにあの状態になっちゃったんだと思います。実は、月ができたときはもっと地球に近い位置にあって、さらに地球の重力がもっと強かったんですね。重力は近ければ近いほど強くなります。なので、月の地球に近いほうと遠いほうでは、近いほうがより重力を強く受けます。すると、地球に近いほうが、ほんの少しずつですが、地球に向かって伸び始めるんです。

三宅 完全な球体ではないんですね。

小久保 そうです。ラグビーボールのように楕円体になってくるんです。そうすると、その楕円体の出っ張りの部分が最も重力を受けるので、多少月がずれたとしてもその出っ張りの部分が自然と地球を向くようになる。だから常に同じ面を地球に向けているんですね。

三宅 それはこれからも変わらないんですか。

小久保 はい。このままです。そして今もこれからも月は地球からどんどん遠ざかり、よりゆっくりと地球を回るようになっていきます。月は地球が自転する勢いをもらっているので、月が離れていくと地球の自転もゆっくりになっていきます。だから、実は地球の1日の長さが少しずつ長くなっていっているんですね。

セイコーエプソン、ウェアラブル機器事業部所属の三宅哲也。現在はオリエントとオリエントスター両ブランドの商品企画のエキスパート。Mコレクションズの立ち上げにおいても中心的役割を担った

三宅 私たちは地球の自転と公転が基になって1日、1年という周期で生きています。でも、宇宙のどこかには、例えば地球の100時間で1日、2年や3年で1年という周期で生きている人たちがいるかもしれないと思って。そのあたりはどうですか。

小久保 あり得ますね。太陽系の中では、地球に近い惑星に金星と火星があります。共に生き物はいないんですけれど、でも自転の周期が違っていて、金星は約243日で1周。つまり地球の約243日が金星の1日なんです。火星は、なぜか地球に近くて、でもそれはたまたまで。

三宅 たまたまなんですか。

小久保 そうです。僕は地球の自転の起源の研究をしていたこともあって。地球は、小さな石みたいなものがぶつかりながら集まってきて、最終的には火星ぐらいの大きさの天体が10個くらいぶつかりあって今の地球になります。その際、中心にぶつかる確率は低くて、端のほうにぶつかることが多いんですね。するとその衝撃で回転して、それが自転の元になります。だから、最後の数回の衝突が自転の速度に大きく影響すると。

三宅 それで今の1日の長さが決まったということですか。

小久保 決まりました。ただ、地球の場合は月の存在も重要で、先ほど、月は地球が自転している勢いをもらっていると話しましたが、もしその影響がなければ、言い換えると、月がなければ、地球の自転は6時間くらいの周期、つまり今の4倍くらいの速さで自転します。

三宅 じゃあ、例えば6時間ほどで回っている星でも、生命みたいなものが生まれたり、生活できたりする可能性はあるんですかね。

小久保 あると思います。僕は生命に関する専門家ではないのですが、何が違うかと想像するに、たぶん風とかがもっと強くなる、気象が激しくなる、ということはあるかもしれないけれど、生命の誕生を阻害するものではありません。大量の水、つまり海があれば、生命が存在する可能性はあると思います。

金星や火星にオーロラが発生しないわけ

三宅 続いて、2つ目のコレクションについてご説明します。M34はペルセウス座にある散開星団を示すコードです。ギリシャ神話に登場する半神の英雄、ペルセウスのイメージから、力強さ、シャープさ、英雄のようなたたずまいを意識しています。今年発表したのが、この白蝶貝を文字板に使用したモデルです。白蝶貝を0.15~0.2ミリくらいの薄さにスライスして、それを加工して文字板にしています。

M34コレクションについて

小久保 とてもきれいです。この素材を使った理由はなんですか?

三宅 この時計で表現したかったのは、オーロラです。オーロラはとても不思議な現象だと思いますし、何より美しい。そういう神秘性、美しさをなんとか時計で表現したくて、この色合いを出すために何度も試作をして、追い込んで、完成させました。

小久保 貝だから、一つひとつ光り方が違うということですね。

三宅 おっしゃるとおりです。文字板を見比べて選ばれるお客様もいますね。

M34コレクションから、文字板でオーロラを表現した新作2モデル。白蝶貝を薄くスライスし、印刷や塗装など多くの工程を経て、美しい発色が実現する。「M34 F7セミスケルトン」(上:RK-BY0001A 下:RK-BY0002A ストア限定モデル)

小久保 オーロラは、自分の研究分野からは少し外れていますが、磁場があるから発生するもので、ではなぜ磁場が発生するかというと、それは地球が自転しているからなんですね。ここでもまた回転が関係してきます。電気を通すものが回っていると磁場が発生します。そして、地球の中心には内核と外核から成る核という部分があるのですが、その外核に溶けている鉄があるということが重要で。鉄なので電気を通しますよね。それがあるから、地球が自転すると磁場が発生します。

三宅 モーターの原理と同じようなことですね。

小久保 そうです。だから、ほとんど回っていない金星には地球のような磁場はありません。太陽から飛んできた粒子が地球に捕まり、磁場に沿って入ってきて、地球の極部分から入ってくる。そのときに北極や南極で、空中にある酸素や窒素にぶつかってエネルギーが高い状態になり、青や緑の光を発するという仕組みです。

三宅 鉄という物質は、よくあるものなんですか。

小久保 宇宙が始まったときにはありませんでしたが、今はわりと豊富にあります。宇宙が始まって星が生まれて、星の中で核融合をして、水素からどんどん重い元素を作っていくんですね。鉄もその一種です。だから、今、身近にある鉄も、実は太陽が生まれる前に死んでいった星が作ったものなんですよ。

進化の原動力は未知のものへの探究心

三宅 では、最後の「M42」コレクションについて。M42が示すのは、有名なオリオン大星雲です。オリオンは海神ポセイドンの子ども、そこから海にまつわるダイバーズウオッチをM42コレクションとしています。1964年に製造したモデルのデザインを踏襲しながら、現代的な高性能を備えたダイバーズウオッチになります。今年の新作の特徴は、外装がチタン製であること。チタンは軽量なので、従来のステンレススチール製のものと比べて、35%ほど軽くなっています。

M42コレクションについて

小久保 僕はダイビングも好きですし、あと登山もやるんですね。視認性も必要ですけれど、軽さは大事かなと。登山では道具を軽くするためにチタン製のものに憧れますし、ダイバー仲間でも一度軽い道具を使うと、もう重いものは嫌という人が多くて。

三宅 以前、ダイバーの久保彰良さんと対談したときに、宇宙と海は遠いようでいて近い、という話がありました。通ずるものはありますか。

小久保 そうですよね。宇宙飛行士がプールで訓練をするという話があったり。でも、逆に近いようで遠い部分もあると思います。海には当たり前ですが水がある。水の密度は僕ら人間とほぼ一緒。水をつかむ、水を動かすことで自分も動けます。でも真空の宇宙はスカスカです。空気をかいても自分は動かない。それはすごく不安なこと、怖いことなんじゃないかと思っています。

ダイバーズウオッチで構成されるM42コレクションのニューモデル。ダイバーズウオッチの国際規格ISO6425に準拠しながら、ケースとブレスレットにチタン素材を使うことで軽量化を実現。重さはわずか113グラム。「M42 ダイバー1964 2nd エディション F6 デイト 200m チタン」(RK-AU0701B)

三宅 宇宙遊泳してみたいですか。

小久保 したい、したいです。でも動けない、泳げないのは怖いだろうな。その点、海は自分と同じ密度のものに包まれて、動けるし、浮力の調整もできる。やっぱり海がいいですね。

三宅 では、海底を探検してみたいと思いますか。

小久保 思いますよ。僕は探検家になりたかったんです。小さい頃に『川口浩探検隊』というテレビ番組を見て、子どもだからエンタメだと分からずに真に受けて、自分も探検家になろうと(笑)。科学者もある意味探検家だと思っていて。未知を解明したり、体を張ったり。普段はコンピューターを使っていますが、本当は体を張りたい人なんですよ。頭と体のバランスを取るために、海に潜ったり山に登ったりしています。

三宅 アンティキテラの機械もそうですが、人間だけがさまざまなことに“なぜだろう“と疑問を持ち、それが原動力になって文明が進んできた。仮に地球外生命体がいたとして、彼らと交信しようとしても、何万光年も離れていれば今の科学では不可能だし、そんな研究は何の役にも立たないと言われるかもしれない。でも、そういうことに大きな予算を投じて研究するわけじゃないですか。そこには、人間だけが持つ探究心みたいなものが根底にあると思うんですが、そのあたりはいかがですか。

小久保 僕も同じ考えで、ひと言でいうと“好奇心”ですよね。生物としての人間の特徴は、好奇心が強いこということ。だから世界中に広まったし、進化してきた。そういう本能なんだと思います。宇宙がどうなっているのか、なぜ僕らがここにいるのか、これからどうなっていくのかということは、本能的にみんなが知りたい、好奇心の源にあることだと思う。今は研究者も分業が進んでいるのでその答えはいろいろなレベルであるのですが、その好奇心こそが生き物としての僕らの特徴なんだと思います。時計だって、だからこれほど精密なものを作れるようになるんですよ、人間は。

三宅 時計も、機械的に音を鳴らすような複雑なものや天体を表現したものなど、“それを時計にして何の意味があるの?”というものがあります、でもそういう人の叡智や熱意に敬意を払ってくれたり、感動してくれる方もいます。時計の工場に来てもらって、職人が一つひとつ手作業で作っているところを見てもらうと、“ここまでしてこの価格はお値打ちですね”と言ってくれます。

小久保 精密なものを手作業で一つひとつ作っている、そのことをいいなと思える心がいいと思います。僕は職人さんの仕事も大好きで、細部までこだわって誇りを持ってものを作る姿がすごく格好いいと思っていて。特に今日見せてもらった時計は、メシエ天体の名前がついていて自分にもなじみが深く、とても身近に感じます。こういうものが末永く続いてほしいと思いました。暦と宇宙はとても深く関係しているので、自分に近いものだと感じましたね。

三宅 私たちは1日24時間、1年365日を当然のように生きていますが、でもそれは宇宙があって、太陽系があって、そして地球と月があって、だからこそそういうリズムになっている。漠然とではありますが、何かしらすべてがつながって、自分たちが今ここにいるんだろうなと感じています。時計はある意味で“小宇宙”などと言われますが、ただ時刻を知るためのツールではなくて、そういうロマンチックな部分に思いを巡らせながら時計を作っていきたいですし、それをお客様にも届けたいですね。第一線で宇宙の研究をされている小久保先生とお話できて、今日は本当に有意義で楽しい対談でした。どうもありがとうございました。

小久保 僕も、これまで知らなかった時計の世界を探検できて、とても楽しかったです。こちらこそありがとうございました。




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