私たちが「月齢」に込めた思いとは。「メカニカルムーンフェイズ」誕生ストーリー
2021年12月07日
2017年にファーストモデルを発売し、それから数年でオリエントスターの“顔”になったのが「メカニカルムーンフェイズ」です。オリエントスター初の機械式月齢時計は、どのようにして誕生したのでしょうか。開発の中心となったデザイナーの久米克典と、ムーブメント設計を担当した髙野正志が開発の背景を振り返ります。
文:with ORIENT STAR 編集部
顔となるモデルだからこそ、精度と美観は譲れない
――「メカニカルムーンフェイズ」の開発はどのようにして始まったのでしょうか。
久米克典(以下、久米) 2010年代の半ば頃、社内でオリエントスターのブランドコンセプトを明確にして、ブランドの“顔”をつくろうという動きがありました。いろいろと議論を重ねた末に、ブランドのコンセプトは「3つのよろこび -着ける悦び、魅せる喜び、繋ぐ慶び-」に決まりました。そして顔となるモデルについて話し合った結果、「月齢」がいいのではないかとなったのです。
――なぜ月齢(ムーンフェイズ)が選ばれたのでしょう?
久米 一つは、先ほどのブランドコンセプトを踏襲したものであること。そしてもう一つが、この時計を着けることでゆったりとした時間に浸ってほしい、時計を見た時に優しい気持ちになってほしいという思いからです。機械式時計はアナログの味わいが楽しめる数少ないツールです。さらにそこに月齢があれば、デジタル社会でせわしなく過ごす日々の中で、悠々とした時間を感じてもらえるのではないかと考えたのです。
――月の満ち欠けから季節を読み取っていたはるか昔の名残ですね。現在は本来の用途で使われることはまずありませんが、だからこそ太古を想像させるロマンがあります。オリエントスターではそれまでに月齢時計を制作していたのでしょうか。
髙野正志(以下、髙野) クオーツではありましたが、機械式では初めてでした。
――機械式ムーブメントの開発はどのように進んでいったのでしょう?
髙野 月齢モデルを開発する前は、46系F6というキャリバーが基幹ムーブメントでした。そこからオリエントスターのフラッグシップを目指すことになり、二つの大きな目標を立てたのです。一つは精度をF6より高めること。そしてもう一つが外観、ムーブメントの美しさに磨きをかけることです。それらを達成したのが46系F7というキャリバーになります。
――精度向上と一口に言っても難しいものですよね。
髙野 そうですね。じつはムーブメントの設計自体はF6から大きくは変えていません。今回の開発で精度向上に大きく寄与したのは、部品の加工技術と時計師の調整の技術です。部品に関しては、セイコーエプソンの精密加工技術を駆使し、製造部門に寸法精度の厳しいばらつきの少ないものをお願いして。調整の部分は、オリエントスターの過去のモデルにも精度の高いものがあるので、その時のノウハウを生かして製作にあたりましたね。
――外観についてはどのあたりをブラッシュアップしたのでしょうか。
髙野 オリエントスターの時計は、ダイバーを除き、裏蓋がシースルー仕様でムーブメントが見えるようになっています。F7キャリバーでは回転錘の模様がより引き立つように一新しました。そのほか、受けなどの各部品は、光を受けるとキラッと輝くように面取り加工を施しています。
――時計メーカーとして精度向上を目指すのは自然ですが、ムーブメントの美観を追求するのはなぜでしょう? 美しくなければならない理由はありますか。
髙野 そこがブランドコンセプトの着ける悦び、魅せる喜びといった部分につながってきます。しっかり作り込まれた良いものを着けているという悦びや、この時計を自分で見て、あるいは人に見せて楽しむ喜び。そういった価値を提供することがコンセプトですので、外観もより美しく仕上げることを目指したのです。
――確かに身に着けると気分が上がるような装飾です。では、ムーブメントに月齢表示を組み込む際に苦労したことはありましたか。
髙野 オリエントスターのモデルには、パワーリザーブ・インジケーター(残量表示)を付けるという決まりがあります。そのため12時位置にはそのインジケーターが配置されます。さらに今回はセミスケルトンなので、9時位置はテンプが見えるように文字板に穴を空けますよね。ということは、12時位置と9時位置のスペースが使えない中で月齢と日付の表示を入れなければならないんですよ。月齢と日付を入れるということは、それらを送る歯車を入れなければならないし、修正する機構も入れなければならない。しかも9時位置の穴からその歯車や機構が見えてはならない……という多くの制約の中で二つの表示を組み込むことに非常に苦労しましたね。
――それで6時位置に同軸で組み込むことになったわけですね。
髙野 3時位置に日付を置くことも技術的にはできたのですが、そうすると今度はブランドロゴの配置にデザイナーが苦労してしまうので。
久米 ありがとうございます(笑)。
髙野 ただし、6時位置に月齢と日付を同軸で配置することで、ムーブメントが若干厚くなるんですね。それにより何が生じるかというと、通常は9時位置の穴のすぐ下に見えるテンプが、やや奥の方に遠ざかってしまうんです。文字板の穴から離れてしまい、テンプが見えにくくなってしまうのですが、そこはデザインでカバーしてもらいました。
久米 その部分には新しいパーツ、私たちは「装飾板」と呼んでいるのですが、それを加えました。文字板の穴とテンプの間が離れて空洞部ができてしまうというデメリットを逆手に取って、丁寧に装飾を施したパーツ、魅せるための部品ですね、それを加えたのです。通常、ムーブメントのパーツはすべて、何かしらの機能的役割があります。装飾だけでパーツを作るというのはこれまでできなかったことで、新しい試みだったと思います。
西洋の文化に敬意を表しながらオリジナリティーを加える
――では、ここからデザインの話に移りましょう。デザイン面ではどんなことから取り組んだのでしょうか。
久米 冒頭にあったブランドコンセプトを明確にしたうえで、社内コンペを行いました。クラシックなデザインからモダンなもの、スポーティーなものまで10案ぐらい出ましたかね。そこから選考を行って5案ほどに絞り試作して、その試作をもとにユーザーインタビューや社内の経営層の意見をヒアリングしながら、商品化に至ったという流れです。
――メカニカルムーンフェイズはクラシックテイストの時計です。いろいろなデザイン案があった中で、クラシックテイストになったのはなぜでしょう?
久米 ブランドの顔となる時計ですので、機械式時計の王道といえるクラシックの本物を、しかも手の届く価格帯で手にしていただきたいという思いが強かったですね。ほかには、月齢の物語性といいますか、そういう部分と親和性があること、それと伝統をつないでいくという部分がよりうまく表現できるということもありました。
――では、文字板のデザインのポイントを教えてください。
久米 クラシックなデザインにはいわば王道的な意匠があると思っていまして、そこに忠実に寄せていきました。リーフ針やローマ数字のインデックス、あとはその内側に置いたコインエッジのリングもそうですね。
――ムーンフェイズのデザインに関してはどうですか。
久米 月齢モデルでは最も目が向く部分ですよね。ありがちなのが、ここを売りにしたいからといって目立たせすぎてしまうこと。でも、そうするとちょっと嫌みになってしまったり、チープに見えてしまうことがあります。この月齢モデルはゆったりとした時間に浸ってほしいということから始まっているので、派手にならないよう、全体と調和するように落ち着いた雰囲気を重視しました。
――それぞれのパーツを見ると確かにクラシックな意匠なのですが、全体としては少しモダンにも感じられます。どうしてでしょうか。
久米 それはクラシックの文法を現代的に解釈し直すという考えがベースにあったからだと思います。元来、腕時計の文化は西洋から輸入されたもの。それをリスペクトしながら、自分たちがそこにどんなオリジナリティーを加えられるかということを、ものづくりをする人間として押さえておくべきだと考えていて。例えば、通常のセミスケルトンの場合、文字板の穴はただ穴を開けるだけなのですが、そこにリングを少しだけ重ねることで、天体の動きや月の光といったイメージを添えることができたかなと思います。
――コンペ用のデザインを考案する時から、そういうイメージがあったのですか。
久米 そうですね。普段は考えに考えて、スケッチも何枚も描くのですが、このモデルに関してはどういうわけかパッと出てきたんですよ。スケッチも数枚しか描いていないと思います。
――どんなシーンだったか覚えていますか。
久米 どうだったかな……。寝坊して少しモヤッとしている時に、「あれ?この構成は面白いかも」と浮かんだような気がします。
――コンペ案と完成品のデザインは、どのくらい変わっていますか。
久米 ほぼ同じです。コンペでは、文字板のパターンを何か特徴的なものにできないかということも一つのテーマだったんですが、それもほぼ同じパターンが採用されています。
――ブランドロゴの周辺に見えるパターンですね。
久米 そうです。オリエントスターのマークとひし形、それに三本線を組み合わせたパターンです。ひし形は日本の伝統柄ですよね。三本線は、ブランドコンセプトの「3つのよろこび」から着想しています。ブランドのシンボルマークをパターン化するというのは、下手すると長く続かない一過性のデザインに終わってしまう可能性があるのですが、このパターンはオリジナリティーを込めながらうまく収められたかなと思います。
――このたび、このウェブサイト「with ORIENT STAR」だけの限定モデルが販売されます。どのようなモデルでしょうか。
久米 白系の文字板と黒い革ストラップの組み合わせはクラシックの王道ですが、少しフォーマルな感じを受けます。メカニカルムーンフェイズをより多くのシーンで使っていただきたいとの思いから、カジュアルに使える一本として、白系の文字板とネイビーストラップの組み合わせは、以前から実現したいモデルでした。深いネイビー色の革にやや明るい青のステッチ、月齢の夜空、光によって見え方が変わる針の青みなど、さまざまな青の表情が楽しめるモデルになっています。また、パワーリザーブを50時間に延ばしたことを機に、時分針をやや太めにしています。さらに時針がローマ数字にかからないよう、わずかに短くして視認性を高めています。じつはメカニカルムーンフェイズ発売当初はムーブメントの余力を残していたのですが、今回はその能力を最大限引き出しながら静かに進化を続けています。実用性もあわせて、担当デザイナーとしてお薦めしたい一本となっています。
――では最後に、このメカニカルムーンフェイズを通して伝えたいことがあれば教えてください。
髙野 オリエントスター全体に言えることですけれど、普段から気兼ねなく使っていただける、日常使いの時計を目指しています。特にハレの日にということではなく、オンからオフまで、どなたでも気軽に使っていただければうれしいですね。
久米 私も基本的に同じです。それをベースに、他にはない価値を提供していきたいと思っています。オリエントスターやオリエントはやはりデザインが面白いという印象を持っていただけていることがブランドのDNAとして非常に重要だと思いますし、そこは未来につないでいきたいですね。
クラシック&コンテンポラリーから注目モデルをご紹介
「メカニカルムーンフェイズ」は2017年にクラシック・コレクションから登場し、その後、現代的なデザインをまとったコンテンポラリー・コレクションにも加わりました。それぞれのコレクションから注目のモデルをお届けします。
まずクラシック・コレクションからは、この「with ORIENT STAR」だけの販売となる限定モデル(RK-AY0112S)です。ネイビーのストラップを組み合わせた若々しい印象の一本です。また、精悍さや凜凜しさが欲しい方には、リーフ針の代わりにひし形をあしらった時分針が備わるモデル(RK-AY0103L)を。ネイビーのダイヤル、ステンレススチールのバンドと相まって、軽快さも併せ持ちます。同じデザインでブラックのダイヤルとストラップを組み合わせたモデル(RK-AY0104N)は、より品格のあるたたずまいが特徴。落ち着いた大人の手元を演出してくれるでしょう。
共通仕様:自動巻き。ケース径41mm。5気圧防水。
(左)RK-AY0112S。ステンレススチールケース。本ワニ皮革バンド
(中)RK-AY0103L。ケース、バンドはステンレススチール
(右)RK-AY0104N。ステンレススチールケース。本ワニ皮革バンド
一方のコンテンポラリー・コレクションは、バータイプの時分針とインデックスを用いたややスポーティーな印象のコレクション。ビジネスの装いから、オフの軽やかなスタイルにまで合わせられる使い勝手の良いデザインが特徴です。オーソドックスな一本を求める方には現代的なデザインと相性のいいブラックダイヤル(RK-AY0001B)、スポーティー・エレガントなスタイルにはマザー・オブ・パール(白蝶貝)のダイヤル(RK-AY0005A※)、さらに他の人と同じでは物足りないという個性派の方は色付きのマザー・オブ・パールのダイヤル(RK-AY0006A※)を、というように個性に合わせて選べます。ご自身の服装のテイストや使用シーンなどをもとにチョイスしてみてください。