伝統製法で手作りされた革靴のように。「スリムスケルトン」、ドレッシーさの秘密
2022年3月08日
男性にとって数少ない装飾品である腕時計は、着こなしの印象や洗練度を左右する重要なアイテム。オフのカジュアルな服装でも、手元でさりげなく上質感を添えるだけで洗練されて見えてくるものです。そんなニーズに応えるのが、ドレッシーな雰囲気をまとった「スリムスケルトン」。実は時計好きの方々から高い評価を頂いている“知る人ぞ知る”モデルです。長く使える普遍性とつややかなドレス感を併せ持つこのモデルはどのようにして誕生したのか。特徴や見どころと併せて、デザインを担当した加藤秀男が解き明かします。
文:with ORIENT STAR 編集部
イメージはマッケイ製法の革靴のようなエレガンス
――2017年に「メカニカルムーンフェイズ」が発表され、その翌年に「スリムスケルトン」が登場しました。このモデルにはどんなコンセプトがあったのでしょうか。
加藤秀男(以下略) メカニカルムーンフェイズでは、オリエントスターが目指す3つのよろこび〈着ける悦び、魅せる喜び、つなぐ慶び〉を高いレベルで実現できたという手応えがありました。その3つのよろこびをさらに広く展開できないか、というところから始まっています。
――どんな展開を目指したのでしょう?
いろいろと議論を重ねた結果、自分が身に着けるものに一家言ある方や、確かな審美眼を持った方のお眼鏡に適うものをお届けしようということになりました。例えば、ビジネススーツなら生地の質感や裏地に凝ったり、革靴ならデザインだけではなく製法までチェックしたりする方です。
スリムスケルトンのイメージを革靴で例えるなら、イタリアのシューズに多く見られるマッケイ製法のようなドレス感です。イギリス発祥のグッドイヤーウェルト製法の靴は、丈夫で防水性に優れるといった特徴があります。対して、マッケイ製法で作られた靴は柔らかく上品な印象で、足を包み込むような履き心地も特徴です。上質な生地のスーツに、足元はマッケイ製法の革靴を合わせ、最後の仕上げとしてスリムスケルトンを着けてもらおう、というイメージです。
――スーツの型を見ても、一般的にイタリア製のものはしなやかでエレガントな印象がありますよね。そういった印象を腕時計に落とし込むために、どんなアプローチを取ったのでしょうか。
外観をすっきりと美しく、スタイリッシュな時計にするために着目したのは、まずは文字板ですね。文字板をなるべく広く確保することで、時計として最も大切な判読性を高めると同時に、時計の主役になるようなデザインにしたいということが一つ。そしてもう一つポイントとなったのが、ケースサイドから見た際のフォルムです。一般的に時計のケースは厚いほど力強さが増し、反対に薄くなるほどエレガントでドレッシーな印象になります。スリムスケルトンではケースのサイド面が薄く見えるデザインが必要でした。
広々とした文字板と薄く見えるケース側面、これら2つの条件をクリアするために採用したのが、FLA製法というものです。
――FLAとはどんな製法ですか。
Front Loaded Assemblyの頭文字を取ったもので、「上投げ込み製法」と表現されることが多いです。具体的には、文字板とムーブメントをケースに収める際の入れ方の違いです。
一般的な製法では、文字板とムーブメントをケースの裏側から収め(下から投げ込み)、裏蓋を閉めるという工程になります。現在主流の製法ですが、これの何がいいのかと言うと、裏蓋を開けるだけで文字板やムーブメントをケースから出し入れできるため、製造上組み立てやすい構造になります。
一方のFLA製法というのは、文字板とムーブメントをケースの表側から収め(上から投げ込み)、最後に風防のサファイアガラスをはめるという工程になります。ただ、このサファイアガラスは開閉ができないはめ殺しタイプ。車のフロントガラスのように一度はめたら原則、外さないものです。ムーブメントのメンテナンスは裏蓋側からある程度対応できるようになっていますが、仮に文字板を外す必要が生じたら、風防を外し、パッキンなどをすべて新しいものに取り替えて、再度、風防を取り付けるという作業が必要になります。
――手間もコストもかかる製法に思えますけれども、このFLA製法とデザインにはどんな関係があるのでしょう?
簡単に言うとデザインの幅が広がります。まずは文字板が広く取れること。文字板を表側から収めるので、ケースの胴部分のぎりぎりのところまで文字板を広げることができるのです。
もう一つは、ケース裏側に深い角度の斜面が設けられることです。これにより時計の側面からはケースが薄く見える効果があります。特に手首に着けた際は斜面部分が影になるため、より薄く、スタイリッシュに見えます。加えて、手首に接する裏蓋の面積が小さくなったことで、着け心地も良くなっていると思います。
――すべては美しさのためなのですね。
そうですね。ケース全体のデザインもそこに尽きます。ベゼルの幅もできる限り細くして、軽やかにスタイリッシュに見えるように。カン足も流れるようなラインにデザインして、その斜面には非常に平滑な鏡面に仕上げられるザラツ研磨をかけています。職人が一つ一つ手作業で研磨するので、4本のカン足をそろえるのはなかなか難しいんです。
このカン足のデザイン、元となっているのはじつは1960年代の「スリーエース ウィークリーオート」というモデルなんですよ。
――ファンの間では今でも人気が高いモデルですね。
このケースをデザインする時に、これまでにオリエントが培ってきたノウハウや考え方を踏襲したいという思いもあって、昔のモデルを発掘していました。そこでこのスリーエース ウィークリーオートのケースが特徴的で格好いいなと思って。
1960年代から70年代にかけては、オリエントも含めて国産の機械式時計がとても元気だった時代。そういう歴史へのオマージュという気持ちもありましたし、過去の意匠を受け継ぐことで私たちが大切にしている「魅せる喜び」にもつながると考えました。それに、この時計は上投げ込み製法で、裏蓋が小さくなっていてすごく薄く見えるんです。そのあたりも取り入れて、現代的にアレンジしながらケースをデザインしていったという流れです。
ユニークな“雪だるま形”の開口の先に見えるのは…
――60年前のデザインを踏襲しているとは驚きました。では続いて、時計の顔、文字板のデザインについてはどのように決めていったのでしょう?
もともとオリエントスターには「輝ける星」のような機械式時計を目指すというテーマがあります。そこから惑星の軌道や宇宙の深淵といったことをモチーフとして、開口部や小秒針、パワーリザーブインジケーターをレイアウトしています。
――円を2つ重ねたようなオープンワークが印象的です。
製造面から考えればもちろん正円のほうが合理的なのですが、惑星の軌道をモチーフにするというデザインコンセプトがあり、そしてオリエントらしい遊び心を加えたいという気持ち、さらに小さい円を開けることでその奥にムーブメントのガンギ車が見えるんですよ。機械式時計の駆動体を見せていこうという意図もあって、このようなユニークな形状、私たちは“雪だるま形”と呼んでいますが、になっています。
ただ、この部分はデザイナー側と設計側とのせめぎあいがあって。6時位置の小秒針の周りに秒目盛りのリングがありますよね。雪だるま形の開口にすることで、そのリングの3分の1くらいは中空に浮いたような状態になってしまうんです。そこの耐衝撃性を確保しながら、浮遊感や立体感を損なわないように、というすり合わせが大変でしたね。
――時計の心臓部が表側から見えるというのは、機械好きにとってはうれしいものですね。内部のムーブメントはどのようなものでしょうか。
ベースとなるのはメカニカルムーンフェイズに載せた46系F7ムーブメントで、その持続時間を40時間から50時間へと向上させた46系F7-50というムーブメントを搭載しています。今では、オリエントスターの大半の自動巻きモデルが50時間化していますが、このスリムスケルトンが先駆けとなりました。
46系F7というのは美しさにも注力したムーブメントになっていまして、表側の開口部から見える3本足の装飾板には渦目模様を、裏側に覗く自動巻きローターには波目模様をそれぞれ施しています。さらに、ユーザーの方からは一部しか見えないのですが、ムーブメントの文字板側のパーツ(裏物押さえ)も波目模様で仕上げています。冒頭でスーツの裏地に凝る方というイメージをお伝えしましたが、それと同様に、通常は見えないところまで美しく仕上げることが「魅せる喜び」につながると考えた結果です。
――外装、文字板、ムーブメントとお話を伺ってきましたが、今、改めて振り返ってみてスリムスケルトンの出来栄えはいかがですか。
そうですね。開発当初のコンセプトであった、自分が身に着けるものに一家言ある方や、確かな審美眼を持った方のお眼鏡に適う逸品に仕上がったと思います。担当したデザイナーとしては、多くの方に末永く使用していただけると本望ですね。
――3針、パワーリザーブ表示という機能的にはシンプルな時計ですが、その実、とても奥が深く、時計好きの方々から高く評価されている理由が納得できました。どうもありがとうございました。