“紙使いの匠”篠崎均さんがペーパークラフトで挑戦! 「メカニカルムーンフェイズ」再現チャレンジ【後編】
2022年9月26日
写真のペーパークラフトは試作品のため、完成品とは仕様が異なります
オリエントスターの「メカニカルムーンフェイズ」を紙でどこまで再現できるのか? この制作にチャレンジしてくれたのがペーパークラフト作家の篠崎均さんです。制作開始からおよそ4か月、ついに原寸大の“紙製”メカニカルムーンフェイズが完成しました。制作前の心境を伺った前編に続き、この後編では制作時の苦労や工夫をはじめ、今回の制作で篠崎さんが感じたオリエントスターのものづくりについて伺います。
最も苦労したのは、鏡のような金属の再現
「折り紙を起源とする紙工作が日本人の器用さや巧みな技術を育んできた部分があり、現代になって機械式時計のような精密機器を作る技術につながっているのではないかと思います」
前編の取材でこんなことを話してくれた篠崎均さん。かたや室町時代に誕生したといわれる日本のペーパークラフトたる紙工作と、かたや大正から昭和にかけて広まった機械式時計。歴史の長さもその後の発展の経緯も異なるものですが、先人の技に追いつき追い越そうとする職人の系譜が技術をつなぎ、進化させてきたという点では共通するものがあります。そんな職人意識もぐっと胸に刺さったという篠崎さんですが、実際に機械式時計のペーパークラフトを完成させた今はどんな感想を持たれているのでしょうか。さっそく伺ってみましょう。
――「メカニカルムーンフェイズ」のペーパークラフトの完成、おめでとうございます。制作を終えられた今、どんなお気持ちですか。
篠崎均さん(以下、略) そうですね。予想以上に時間がかかってしまって申し訳ない気持ちはありますが、完成品をご覧になったみなさんが喜んでくれたので良かったなと思っています。
――前編のインタビュー時に、ペーパークラフトを制作する際は、まず「ぼーっと眺める」ことから始められると伺いました。その後はどんなプロセスで作っていくのでしょうか。
ぼーっと眺めたら、時計を一つひとつのパーツに分けていきます。今回はサイズが1分の1、原寸大だったので、時計の表面と裏面をスキャンし、側面はカメラで撮影して、それをパソコンでフォトショップ(注:画像編集ソフト)に取り込みます。ノギスで現物のサイズを測ってゆがみを直しながら、正面、裏面、側面の三面図を作ります。
――立体物を平面に落とし込むということですね。
そうです。それを今度はイラストレーター(注:イメージ編集ソフト)に配置して、線だけでトレースしていきます。平面の部分はそのままトレースすればいいのですが、例えばケースは主に円柱と扇形で出来ているので、それを展開図に起こしていったり、それから文字板には凹凸があるのですが、それは数枚の紙を重ねて再現するためいくつかのパーツに分けたり。こういう作業を続けて、正確な形が平面に落とし込めているかどうかを確認するために、色を付けていない段階で組み立てます。組み立てながら、作りやすさを考えて、のりしろの数、大きさ、位置などを調整していきます。
――だいたい何回くらい組み立てるんですか。
今回は3回くらいですかね。組み上げては調整して、また組み上げて……。この作業が苦痛でありながら楽しみでもあって、意外と私は好きなんですよね。
白い紙の状態、私はホワイトボディと呼んでいますが、この状態できちんと組み上げることができたら、今度は色入れです。色入れは実物の色や質感を見ながら行います。細かいところはルーペで見るのですが、時計は本当に細かくてルーペでも見えない部分があったので、今回はスマホで撮影した画像を拡大して、それを見ながら描いていきました。おかげでかなり細かいところまで描けましたね。色入れの段階でも、組み上げて、確認して、微調整して、という仮り組みの作業を何度か行い、それが終わればいよいよ完成。簡単に説明するとこんなプロセスですね。
――そんなに多くの工程があるとは思いませんでした!時間がかかるわけですね。では、今回の制作で苦労された点、行き詰まった部分はどんなところでしょうか。
最も行き詰まったのは、金属の質感がなかなか出なかったところです。ケースはステンレス(スティール)で、表面はほぼ鏡なんですよ。その質感を出すためにケースに映るものを描いてみても、どこか違和感があって。逆に、周りに映り込むものがない真っ白な空間で、黒い柱が1本だけあるような設定で陰影をつけてみたりもしたのですが、やっぱり難しくて。光る部分と影の部分、それと色味の調整には苦労しましたね。
――写真のように見る位置が一定なら明暗をつけやすそうですが、いろいろな角度から眺められる立体だとどこにハイライトを置くべきか、難しそうですね。
そうなんです。それともう一つ大変だったのは、のりしろです。今回の時計はとにかく小さいので、のりしろも小さくしなければならないんですが、かといって1mm以下では作りにくい。なので、のりしろの位置を工夫したり、数を減らしたり。
さらに厚さもネックでした。今回は0.23mm厚のフォトマット紙で作ったのですが、2枚重ねると0.5mm程度になるので段差が出てしまい、仕上がりがきれいじゃないんです。時計は小さいから余計に目立つんですよね。なので、のりしろ部分は必ず紙の層の一番上の1枚をはがすように。私たちはハーフカットと呼んでいますが、カッターの刃を軽く入れて、ピンセットで1枚だけはがすんです。細かい作業ですけれど、こういうひと手間でよりきれいに仕上がります。
時計職人への共感、機械式時計に芽生えた愛着
――裏ワザを伺っているようで面白いですね。では、今作の見どころ、特に注目して見てほしい部分はどんなところでしょうか。
やっぱり文字板ですね。先ほど色入れの工程でもお話したように、見本となる画像がパソコンで拡大できちゃうんですね。なので、筋目とかネジ山とか、スケルトンの部分とか、かなり描き込んでしまったんですよ。
――それらは印刷したものでも見えるのですか。
ほとんど見えないと思います。
――(笑)。大変失礼ながら、なぜ見えない部分まで描かれるのでしょう?
見えてしまった以上は描かないと気がすまないというか……。なんか気持ち悪いんですよね。描かないと寝られないこともあるし。職業病というか、性分だと思います。
ネジもそうですし、文字板の穴が空いている部分の奥に見える、ひげぜんまいっていう部品ですか、それも描きました。印刷したら映らないんですけれどね。このペーパークラフトを作られる際は、キットのPDFをダウンロードしたら、印刷する前にパソコンで拡大してみてください。2度楽しんでもらえると思います(笑)。
――見えない部分まで手を抜かないというところは、オリエントスターの時計づくりに似ていると感じました。部品一つひとつを丁寧に面取りしたり、ユーザーからは見えない部分にまで仕上げを施したり。見えない部分まで描いてくださったことを知ったら、時計職人たちも喜ぶと思います。
きっと時計の職人さんたちも、私と似た性分をお持ちなんだと思いますよ。それこそ100分の何ミリという世界ですよね。顕微鏡で見ながら作業をされているとも聞いていますし。しかも、きっとそれを楽しんでやっていらっしゃるんじゃないかな。
100分の数ミリの世界で、削ったり組み上げたりしていて、それがぴたっと合ったときはすごくうれしいだろうし、気持ちいいんだろうなと思うんです。私の場合は、ホワイトボディを作っている段階で、おおまかな見当で描いた線が、それに沿って切ってみたらぴたっとはまったとき。そう多くないんですが、一発で決まったときはとても気持ちいいんですよ。
――ペーパークラフトの匠の技と時計の職人技、共通するものがありますね。今回、実際のメカニカルムーンフェイズを再現してみて、機械式時計に対する発見や、意識の変化はありましたか。
まずは、機械式時計というのはすごく繊細で精密で、よく出来ているものだなと思いました。それともう一つは、日に日に愛着が高まってくることです。毎日のように時計を見ながら作っていますよね。すると、いつの間にか時計が止まってしまうことがあります。巻き上げないと止まってしまうのは機械式時計としては当然のことなのでしょうけれど、それが何となくペットを育てている感覚、エサをあげている習慣に近くて。私は亀を飼っているんですけれど、面倒を見た分だけ愛着が増すところはペットに近い気がしました。
――手をかければ応えてくれるという部分は、確かに似ていますね。では最後に、今回のメカニカルムーンフェイズのペーパークラフトをどんなふうに楽しんでもらいたいか、ユーザーのみなさんにメッセージをお願いします。
そうですね。まずは作ってもらえることが私としては一番うれしいです。今回の作品はすごく小さくて、自分で言うのもなんですが、かなり難しい部類に入ると思うので、焦らずゆっくり、一つずつじっくり作ってもらえるといいんじゃないかと思います。
――みんなで完成度を競ったり、いかに本物らしく写真が撮れるかに挑戦したり、いろいろな楽しみ方ができそうです。今回は前後編を通して、私たちが知らないペーパークラフトの世界や、紙使いの匠と時計職人との共通点など、篠崎さんからしか伺えないお話がとても新鮮でした。お時間を頂き、ありがとうございました。
ペーパークラフトが完成した暁には、ぜひ実物のメカニカルムーンフェイズと並べて楽しんでもらえるとうれしいですね。どうもありがとうございました。
メカニカルムーンフェイズ(ペーパークラフト)は、下記よりダウンロードできます。
尚、プリントにおすすめの用紙は、エプソン フォトマット紙(インクジェットプリンター用フォトマット紙(50枚)KA450PM)です。