未知への探究心が両者をつなぐ。ダイバー久保彰良さんと企画者・三宅哲也が語る、龍泉洞への挑戦と「ダイバー1964 2ndエディション」
2022年8月9日
岩手県岩泉町にある龍泉洞は日本三大鍾乳洞の一つとされ、いまだ全貌が解明されていない鍾乳洞として国内外のダイバーの関心を集めています。この龍泉洞の潜水調査が始まったのは1960年代のこと。水難事故と天災により2度の中断を余儀なくされましたが、今年4月、その調査が約6年ぶりに実施されました。調査に当たったのは2009年より調査隊長を務める久保彰良さんをはじめ3名のダイバーたち。龍泉洞の全貌解明に向けた新しい挑戦について、久保さんご本人とオリエントとオリエントスターの商品企画のマネジメントを担当している三宅哲也が語り交わします。
文:with ORIENT STAR 編集部
「本物を目指して」久保さんとの出会い
――今年4月に龍泉洞の潜水調査が6年ぶりに行われ、久保さんが調査隊長を務められました。今回の調査の目的はどんなことだったのでしょう?
久保彰良さん(以下、久保) 主に3つありまして、まずは水中の藻の調査です。7、8年前に龍泉洞の水中照明を電球からLEDに変えたんですね。それによって藻の量が変わっているのではないか、以前とは違う種類の藻が付いているのではないか、ということの確認です。
2つ目は、この6年ほどの間に増水が数回起きていたので、水中の状態のチェックです。本格調査を始める前の予備情報の収集ですね。そして最後が、新しい潜水用機器のテストです。
三宅 6年ぶりに潜られるときはどんなお気持ちでした?
久保 どこか懐かしいというか、「ただいま」と言いたくなるような気分でしたね。
――久保さんと三宅さんは親交が深いと伺いました。どのように知り合われたのですか。
三宅 私は2年前まではデザイン部で開発を担当していて、課の取り組みの一つとしてダイバーズウオッチの先行開発をテーマにしていました。ダイバーズウオッチは多くの人がファッションアイテムとしても使われますが、防水性、堅牢性はもとより、見やすさ、使いやすさ、装着感など過酷な環境下でしっかりと使える本物でなければならない。それは机上で考えていても分からない部分が沢山あって、プロの意見をしっかりと聞かなければ話にならない。さらにそのときは一般的なダイビングではなく、最も過酷で危険なダイビングといわれるケイブダイビング、洞窟ダイビングについて突き詰めようということを考えていました。それでいろいろと活動をしているうちに、ある日参加したダイビングのシンポジウムで久保さんに出会ったのです。
久保 日本水中科学協会のシンポジウムですね。
三宅 そこでは安全な潜水や環境保護についての発表や議論が活発にされていて、シンポジウムの後に協会の役員だった久保さんと名刺交換をさせてもらったところ、日本におけるケイブダイビングのオーソリティーだと分かり、アドバイザーとして仕事をお願いすることにさせてもらったんです。つまり私たちが作ったサンプルを着けて潜っていただき、アドバイスを頂くという関係になっています。
――今回の潜水調査をセイコーエプソンがサポートしているのもその流れですか。
三宅 そうです。実際に開発した製品を洞窟の中で使用していただいて改善のフィードバックにつなげたいということと、龍泉洞は地域の水源になっているので、そこの調査を行う、環境を守るということは社会貢献にもつながるのではないか、意義のあることではないかという思いです。
久保 地元の方々は今回のことをとても喜んでくれています。岩泉町にとって龍泉洞は大変貴重な水資源であり観光資源でもあります。環境保全調査はもとより、龍泉洞の名前を出してもらったり、時計を作ってもらったりして、町長からも「大変ありがたい」というお言葉を頂いています。
「水中ではブラック、陸上ではグリーンを」
三宅 今回の対談でお聞きしたかったことがありまして、ダイビングの技術や潜り方というのは日々アップデートしていっていますが、例えば龍泉洞調査にしても同様ですか。
久保 そうですね。調査が始まった1960年代の潜水技術は非常に貧弱でした。例えば、今、私たちが使うタンクには200倍に圧縮された混合ガスが入っています。200気圧です。でも、当時は空気だけなのでどんなに圧縮しても150気圧まで。コンプレッサーの性能が高くなかったこともあります。現在のタンクは長時間潜れる上に、混合ガスや酸素濃度の高い、あるいは酸素を充填したタンクを使っているので浮上時の減圧の時間が短縮され、さらに減圧症のリスクも非常に低くなります。
それから当時のダイバーはあちこち潜るのに、普通のロープを使っていたんですよ。私たちはケイブラインというものを引いていて、確実に戻って来られるように目印を付けています。
三宅 昔は普通のロープで? それは毎回巻いて戻ってくるんですか。
久保 水深40mくらいのところに掛けてあるんです。私たちがナチュラルブリッジと呼ぶ場所に黄色いハーケンが打ち付けてあって。今も残っていますよ。
三宅 なるほど。われわれオリエントスターがこの6月に発表した「ダイバー1964 2ndエディション」も、その名の通り1964年に作られた「カレンダーオートオリエント」というモデルのデザインをベースにしているのですが、ただ昔のモデルを復刻するのではなく、そこにわれわれの持っている新しい技術を取り入れて防水性能を200mへと向上させ、ダイバーズウオッチの国際規格であるISO 6425に準拠したモデルへとアップデートしています。今後もこのデザインをベースに新しい技術や使いやすさを加え、より良いダイバーズウオッチにブラッシュアップしていきたいと考えています。
久保 今回の龍泉洞潜水調査で新しく試したツールが二つあります。一つが新しいダイブコンピューターで、もう一つがこのダイバーズウオッチでした。実際に洞窟の中で使ってみて確認できたのは、まずは視認性が非常にいいこと。暗い水中で時計を見るには発光性を利用します。まず時計にライトを当ててしばらくしてからライトを離すと、蓄光塗料が塗られた針や目盛りが明るく光るんですね。これまでにいろいろなダイバーズウオッチを使いましたけれど、この時計は発光性がとても良くて非常に見やすいことが確認できました。
三宅 暗闇での視認性の確保もISO規格で厳格に規定されています。
久保 それともう一つ良かった点が、小ぶりなサイズです。私のような小柄な人間の手首にもなじむ上、潜水中の動作を妨げないのがいいですね。通常、潜水時には右手にダイブコンピューターを着けて、左手でBCD(浮力調整装置)の操作を行います。空気やガスの量を調整して浮力をコントロールする操作です。その際にあまりに大きい時計ですと、どこかに引っ掛けたりぶつけたりする可能性がありますし、重い時計ですとストレスを感じるんですよ。
三宅 水中でも重さは気になりますか。
久保 手を動かすと気になりますね。大きさや重さは、今回はまったく気にならなかったです。
三宅 それは普段使いでも同じことだと思うんです。大きすぎない、重すぎないメリットが過酷な状況でも実感できるということは、日常生活でも不便に感じないということ。そういう利点を久保さんに使ってもらった上で把握しておくというのはすごく重要です。
潜水で使っていただいたのはミラーブラックダイヤル仕上げのモデルですが、今回は龍泉洞の神秘的なグリーンを再現したモデルも用意しました。ダイヤルにグリーンのグラデーションを施したこのモデルです。
久保 グラデーションがかかっていて、しかもややブルーに近いグリーンですよね。龍泉洞のイメージに非常に近いと思いますよ。
三宅 グリーンといってもいろいろなグリーンがあって、ベースの色をどれにするか、どこまでグラデーションをかけるか、という部分に苦労しました。単色だとサンプルがあるから完成がイメージしやすいのですが、グラデーションの場合は作ってみなければ分からないので、いくつかサンプルを作って追い込んでいきました。ダイヤルの色とベゼルの色合わせも難しい部分です。皆で試行錯誤したけれど、最終的には龍泉洞のように中に引き込まれる神秘的なダイヤルに仕上がったと思っています。
久保 吸い込まれるような感じがありますね。実は私、この時計を2本持ちたいと思っていまして、水の中に入る時はブラックを着けて、普段、陸上で使う場合はグリーンを着けたいんです。いつも龍泉洞を感じていられますし、この色味が会話のきっかけにもなるかなと思っています。
ダイバーと時計職人、探究心で響き合う
三宅 今回の潜水調査では、どんな収穫がありましたか。
久保 目的の一つだった藻についてですが、実は潜ってみたら藻はそれほど付いていなかったんです。ガイドラインの光の当たる部分に少しだけ付いていたので、それを採取して藻の研究者にお渡ししたということが一つ。もう一つは、ガイドラインが一部なくなっていたのでそれを張り直せたことですね。おそらく増水した際に泥水が一気に流れてきて、引っ掛けてあった部分が外れてしまったのだと思います。
三宅 今回の調査を終えて、龍泉洞への思いに変化はありましたか。
久保 そうですね。2009年に最初に話を頂いたときには、私としては非常に興味のある場所ですし、ほとんど人が潜ったことのない場所ということでダイバーとしての好奇心が強かったと思います。ところが回数を重ねていくと、今回も特にそうだったんですけれど、町民の方が料理を差し入れしてくれたり、町中で「頑張ってね」と声をかけてくれたり、また町役場の方々とも交流がどんどん増えていって。
三宅 町を上げて応援してくれているんですね。
久保 ありがたいことですよね。それで今回改めて思ったのは、龍泉洞の調査は単にダイバーとしての好奇心を満たすためのものではないということ。町の財産を維持してさらに磨きをかけていくためのお手伝いをしているという、もう少し大きなテーマであることを再認識しました。昔から龍泉洞を調査してきた日本洞穴学研究所への貢献、町に対する貢献、それから環境保全に対する貢献、それぞれ次元や価値は違うのですが、改めて役割の大きさを感じました。将来的に「皆さんにおまかせして良かった」と言ってもらえるような調査にしたい。そういう興味へと変わっている気がします。
三宅 少し話が変わりますが、オリエントスターというのは宇宙をテーマにしているんですね。星や彗星、星座などを題材に企画をあれこれ考えています。今回のダイバーズウオッチでは龍泉洞の深く神秘的な世界が題材となりましたけれど、宇宙も海底も、そして今回の龍泉洞もまだまだ解明されていない部分が多い。無理やりつなげるわけじゃないんですが、宇宙も水中も極限というか、まだまだ人がフロンティアとして挑んでいる。そういう未知への好奇心は似ているのかなと思います。
久保 とても似ていると思いますよ。共に空気のない場所へのチャレンジですし、ダイバーのことをアクアノート、宇宙飛行士のことをアストロノートと呼ぶのもそうですよね。そういう意味では、私の中でとても印象に残っている出来事があって。ダイバーズウオッチの開発の過程で、セイコーエプソンさんにお邪魔してダイビングがどういうものかを社内の人たちにお話する機会をつくっていただきましたよね。ダイビングウオッチを作るために皆でダイビングを知ろう、という趣旨で。皆さんもちろん熱心に話を聞いてくださったんですけれど、特に印象に残ったのがその後の質問の多さです。ダイビングの道具も持参していたのですが、「これはどう使うんですか」「なぜ必要なんですか」など、山ほど質問を受けました。
三宅 (笑)。確かにうちのメンバーも探究心は強いですね。
久保 そこで、この会社はものづくりをとても大事にされているんだなと思いました。ものをつくる人たちの好奇心を垣間見たような気がしまして。私たちダイバーの好奇心とは異質のものかもしれませんが、でもルーツに同じものを感じて、この仕事を手伝わせてもらって良かったな、間違っていなかったなと思ったんです。
三宅 うちの会社は時計をずっと作ってきていて、ダイバーズウオッチの開発でも防水性や防塵性、あるいは耐衝撃性という部分をどんどん追求してきているんですよね。とにかく追求する、探求するという意識が会社のDNAとしてあるように思います。時に、こだわりすぎているんじゃないか、縛られすぎているんじゃないかということもありますけれど、でもそれは私たちの時計づくりの根幹を成すものとして守っていくべき部分だと思っています。
――ダイバーと時計職人、一見かけ離れた職種が探究心でつながっているというのは興味深いですし、とても有意義な協力関係であることが伺えました。本日はお時間を頂きどうもありがとうございました。
三宅 今回も貴重で興味深いお話をありがとうございました。
久保 こちらこそ、ありがとうございました。