アルファロメオ、アナログプレーヤー、オリエントの共通項とは? オーディオ・ビジュアル評論家・麻倉怜士さんの愉しみは“メカとの対話”

2022年2月02日

オーディオ・ビジュアルの評論家として各種メディアで活動する傍ら、津田塾大学などで講義を行う麻倉怜士さんは、オリエントブランドを愛するコレクターの一人。そのコレクションは現在も年間約20本のペースで増え続けています。およそ15年前にオリエントブランドにハマったきっかけは、意外にも「パワーリザーブインジケーター」だったそう。麻倉さんのオリエント愛を伺いに、そして貴重なコレクションを拝見しに、“オタク訪問”しました。

文:with ORIENT STAR 編集部



ぜんまいを巻き上げることは、機械に命を吹き込むこと


――本日はよろしくお願いします。まず、麻倉さんが機械式時計に興味を持たれたのはいつ頃のことでしょうか。

麻倉怜士さん(以下略)2003年頃ですね。ちょうどその頃、オーディオ業界でもデジタル製品がかなり出てきていたのですが、でもこれからはアナログを大事にしなければならないと思って。それで最初はイーベイ(eBay、アメリカのネットオークション)でアンティークの機械式時計を買い始めたんですよ。

――クオーツ式時計もお好きだったんですか。

まったく興味なかったですね。クオーツは正確無比だけれども、それでおしまい。それ以上のメカニックな、そしてヒューマンな付加価値がないから趣味の対象になかなかなり得ないんですよ。

麻倉怜士さん。オーディオ・ビジュアル評論家としてテレビやウェブなどのメディアで活躍するほか、津田塾大学で講師を勤める。今年から早稲田大学でも講義を行う。1950年岡山県生まれ


――機械式時計のどんな部分が、麻倉さんの心を引き付けたのでしょう?

昔から、オーディオ好きは車好きで時計好き、と言われているんですね。共通するのはその中にメカニズムがあって、それが魂というか命であると。オーディオでいうと、プレーヤーが回転してそこからアナログの振動を取り出して音を出します。だから回転の精度がすごく重要で、精度が悪いと音も悪い。車もエンジンの性能が非常に重要で、そこからいかにして最大の能力を引き出すかということが面白いところ。マニュアル車の場合はマシンをコントロールしている感覚やコントローラビリティー(注:可制御性)もすごく実感できます。その点、オートマ車は車を操っているというよりも逆に操られているような感じがして、まったく乗る気がしないんですよ。だから私はこの30年ずっと、フランスかイタリアの左ハンドルのマニュアル車です。
時計もそれとすごく似ています。クオーツはデジタルになって正確になり、光で充電できるものも出てきて、ほとんど人の手が介在する必要がない。究極の自動運転車のような感じです。でも、機械式時計は自分がぜんまいを巻いてあげないと止まってしまう。巻いてあげるというのが一つの「対話」ですよね。

――時計に呼びかけるようなイメージですか。

巻いてあげて、機械に命を吹き込むというか。車で例えると、ギアの入れ方やハンドルの切り方からドライバーの思いを車が受け止めてレスポンスしてくれますけれど、機械式時計も巻き上げて吹き込んだ命をぜんまいが受け止めて、そこからいろいろな針を動かす。本当に車を操っているのに近い感覚です。

麻倉さんのワークスペース。椅子の後ろにはCDやDVD、雑誌、そして腕時計がぎっしり。ちなみに麻倉さんの正面には80インチの8Kテレビが据え置かれている

「自分で演奏する楽器は究極のマニュアル機器。いかにうまく鳴らすかが面白く、マニュアル道のような部分がある」と、ピアノ演奏も披露してくれた。このピアノは1927年製のスタインウェイ。ドイツ・ハンブルクでつくられた貴重なもの


――アナログならではの感覚ですね。その後、オリエントの時計に興味を持っていただくことになりますが、最初の接点は覚えていらっしゃいますか。

はっきりとは覚えていないんですが、おそらく2007年か2008年頃、インターネットだったと思います。


――なぜオリエントに目が留まったのでしょうか。

最初に目を引いたのはパワーリザーブインジケーター(注:動力の残量計)なんです。先ほどの対話に通ずることですが、このパワーリザーブ表示こそ時計の命とユーザーを結ぶ接点、とても有機的な接点だと思うんです。
時計の命がまったくない時にはパワーリザーブの針はゼロの位置にありますが、巻き上げていく、つまり命を吹き込んでいくと針が少しずつ100%のほうに進んでいくわけですよ。そうすると本当に生命力がそこに宿っていくような感じがして、「さあ、これからフルパワーで活動するぞ」という時計の気持ちが伝わってくる。それが対話という理由です。

数百本を数えるコレクションからお気に入りのモデルをセレクトしてもらった。まずは「きちんとした場に出る時に」着けるというエレガントウォッチ2モデル。左は文字板に独特の開口部を設けた「モダンスケルトン」(同一モデルは生産終了)。右はよりドレッシーな「スリムデイト」


――確かにクオーツ時計にはない楽しさです。

対話のやり方はもう一つあって、それがダイヤルに設けられた小窓からテンプの動きを見ることです。テンプは機械式時計の心臓部ですから、その動きをダイレクトに見ると心が通じ合うような感覚になります。機械式が好きな人の多くはメカが好きなわけで、やはり常にメカと対峙していたいという思いがあります。
ただ、たとえ小窓が開いていなくても先ほどのパワーリザーブインジケーターがあることによって、時計をすごく身近なもの、いわば仲間のように思えるんです。パワーリザーブインジケーター付きの時計は特別珍しいわけではなく他社にもありますけれど、オリエントスターはほぼ全てのモデルに付いている。そこがまず、私を引き付けた大きなポイントです。


――時計と対話したい麻倉さんにとってうってつけの機能だったわけですね。

そうですね。あと、それとは別の理由もあって、今風に言うと「多様性」ですね。


――多様性ですか?

つまり、大抵のブランドは「うちの時計はこの形」というものがあって、だから時計を知っている人が見れば「あのブランドだ」って分かるんです。でもね、オリエントブランドの時計はぱっと見では分からないんですよ。そこがいいところだと思っていて。というのも、一見して分かることが時計作りの最優先事項ではなくて、いろいろな切り口があって、いろいろな価値があって、いろいろなデザインがあって、でもそれらは全てある一定の品質が保たれていると。そこがいいんです。

「着けているとほぼ全員から聞かれる」という「レトロフューチャー ターンテーブル」(生産終了)。4時位置のケース側面から延びるトーンアームやベゼルの仕上げなど、どこまでもユニーク


――歴史を振り返ってみても、デザインのバリエーションが豊富なブランドです。

単に機械式というだけではなく品質が良いものを、しかも毎日違うデザインのものを着けられる喜びといいますか。そういう意味での多様性もオリエントブランドの魅力だと感じます。毎日のように着け替えられるような、日常使いですよね。それでいて気持ちが高まるような上質感がある。日常使いで気分が良くなる時計というのはそうそうないですよ。安っぽいものだと楽しくないし、あまりに高価なものは普段使いしにくいし。


――「特別なシーンだけではなく日常的に着けてほしい」ということは、オリエントブランドの開発者や技術者たちが口をそろえて言っています。

そうですよね。どこか誇らしくなるものや上質を感じるもの、あるいはメカとして面白いものを着けると、高揚感というかワクワクする気持ちが起きますよね。そういう気持ちが日々の生活を楽しくしてくれたり、仕事を加速させてくれるような気がします。私の場合、腕時計は右手に着けるんですけれど、インタビューなどで例えばこの「レトロフューチャー」のターンテーブルなんかを着けていると、「それ何ですか?」と聞かれたり。とても誇らしい感じがして、こちらもいい気分になります。



これから期待するのは“ハイパーオリエント”


――麻倉さんはその日に着ける時計をどのような基準で選ばれるのですか。

当日の気分やスケジュールです。外に出てハードに活動するならメタルバンドのもの、尊敬する人や偉い人に会う場合はレザーのエレガントなものというように。ちょっと自慢したい気分の時は、迷うことなくスケルトンですね。レザーバンドの次の日はメタルバンドというシークエンスもあります。あと、大学で講義を行う日はとにかく時刻が見やすいものを。講義中は時計を外して机の上に置いて、置き時計のようにして使っています。

自慢したい気分の時には迷わずこの「スケルトン」。ムーブメントの仕上げ、磨きの美しさに驚いたそう。「スケルトン」は他にも数本所有

大学での講義の際には時刻が読み取りやすい時計を選ぶ。「時分針のアナログ式表示は残り時間が感覚的に分かる点も便利」という。左は「ダイバー」(プレステージショップ限定販売モデル)、右は「アウトドア」(同一モデルは生産終了)


――TPOに合わせられることも、多様性の一つのメリットですね。

機械式でこれだけ多様なデザインがそろうのはちょっと他にないですね。それに関連する話をすると、オリエントブランドはクオーツも少し出していますけれど、基本的に機械式で生きていこうというメーカーじゃないですか。そこが潔いと思うんですよ。今、機械式時計を作るというのは、オーディオで例えるならレコードプレーヤーが売れているからアナログレコードを作るというイメージ。クオーツから機械式に回帰してくるという流れです。


――確かに、この十数年は機械式時計への注目が高まっているように感じます。

でもオリエントは、20世紀後半のクオーツ全盛の時代も機械式を作ってきた生粋の機械式時計のメーカー。エプソンになってからも、これからも機械式で生きていこう、可能性を広げていこうという明快な姿勢がある。ブランドというのはその背後に濃密な信念やこだわりがないとユーザーの信用が得られないと思うのですが、その点、オリエントはほぼ機械式一筋。そういう意味ですごく信頼が置けるし、実際に出している時計がすごくワクワクするような多様性に満ちているという部分もいい。だから私の場合、車はアルファロメオ、オーディオはアナログプレーヤー、時計は機械式、特にオリエントというのが三大ポリシーです。

ご自宅の駐車場に停まるのは真っ赤なアルファロメオ147。ナンバーも147。もちろん左ハンドルのマニュアル車)


――機械好きの男の世界ですね。では最後に、今後オリエントブランドに期待することはありますか。

それは、あるんですよ。今、オリエントブランドの価格帯はだいたい30万円以内ですよね。その10倍、300万円くらいするものを作ってほしい。スーパーオリエントとかハイパーオリエントみたいな“これぞ”というものです。というのも、ものづくりというのは最高峰のものがあるといろいろなメリットがあるんです。まず、社内の技術やノウハウが高まること、そしてブランドに対するイメージが高まることです。そこで培った技術やノウハウは1年やそこらでは失われないから、そこからいろいろな製品に投下していけばいいわけで。10年に一度くらい作ってもいいんじゃないですかね。


――量販するものではなくて、いわゆる技術力の結晶のようなものですね。

そうそう。オーディオ業界でいうと、昔、ナカミチというカセットデッキのメーカーがあって、他のメーカーは5万円くらいで販売していたところを、100万円とかで出すんですよ。でもその値段に合うような高い性能を備えていたので、世界的にも評判になりました。その後で20万円くらいの製品を出すんだけれど、それも売れた。つまり、ナカミチブランドは破格の製品を出すことで絶大な影響力とレピュテーション(注:評判)を得たわけですね。マニアの間では今でもリスペクトされているブランドです。
同じように、オリエントの技術を結集した本当にスゴいモデルを出してもらいたいと思う。コストパフォーマンスの高さもオリエントの魅力なので、他社なら1000万円するところを100万円で出すとか。そうするとブランドの見え方が変わってくる。経営に関わる話なので簡単ではないかもしれませんが、今後ブランディングを長い目で考えるなら、そういう技術やデザインの力を結集した世界レベルのモデルが必要だと思いますね。


――どんな時計になるか考えるだけでもワクワクしてきますね。麻倉さんのマニアならではの視点、車やオーディオとの共通性のお話、そして貴重なご意見はとても興味深いものばかりでした。本日は誠にありがとうございました。