STAR MOMENTS #02
オリエントスターと旅するエッセイコラム
2023年11月7日
太陽がいっぱい
藤井 直敬/脳科学者
僕はコロナをきっかけに熱海に移住し、山の中にカフェ併設のオフィスを作って仕事をしている。眼下に海があり、後ろには森がある。カフェはほぼスカイツリーとおなじ400mくらいの標高で、70キロ先の水平線まで見えている。森は生と死の気配に満ちていて、虫や鳥や獣たちが僕とは関係なしに蠢いている。
虫を見ていれば時間はせわしなく進むし、海の向こうの伊豆大島をみれば時間はゆっくり流れる。そんなふうに、どこに注意を向けるかによって時間の感覚が伸びたり縮んだりする感覚は、ここで暮らすようになってから身についた。
時間の感覚だけではなく、ここでは普段知覚できないものも感じられるようになる。たとえば雨後の森の中の香りは本当に濃厚で、意識的な知覚を超えて、無意識から立ち上がることばにならない複雑で大量の嗅覚情報に圧倒され、本当にクラクラする。
夏場の雑草との勝ち目のない戦いを通じて、最近思うことは植物の力強さだ。太陽さえあれば、あらゆる隙間を見つけて繁茂し、過酷な環境でも種子は生きている。巨大隕石が激突して氷河期が来ても、人は全滅するかもしれないけど、彼らはなんなく復活するだろう。
そんな環境で、僕は自然から一番離れたメタバースやブレインテックなどの仕事をしている。物理リソースは限られているので、すべての人にゆたかさを届けることは不可能で、それゆえ戦争は絶えないのだが、ブレインテックと結びついたメタバース空間では、電気さえあれば、デジタルリソースを無限に供給し、ゆたかさを万人に届けることができる。
その様子はディストピアにも思えるが、未来の人類は太陽光で無限に繁茂する植物のように電気を追い求めるのかも、それはそれで案外悪くないかもと、ひとり森の中で夢想している。
What‘s STAR MOMENTS
ひとの暮らしと時間や星空、そして宇宙と物語は、 オリエントスターの哲学そのものです。
「STAR MOMENTS」では、 時間や星空、宇宙の関係を人生や暮らしの視点から捉えて探究し、第一線で活躍する方々を書き手にお招きして、 各コレクションの表面的な魅力にとどまらない、オリエントスターの新しい発見や驚きを見つけるエッセイコラムです。
(プロフィール)
藤井 直敬 Naotake Fujii
株式会社ハコスコ 創業者・取締役/デジタルハリウッド大学大学院卓越教授・学長補佐/東北大学特任教授。
東北大学医学部卒、眼科医、東北大学医学部大学院にて博士課程終了、医学博士。98年よりMITでポスドク。2004年に帰国し、理化学研究所脳科学総合研究センターで副チームリーダーを経て、2008年より適応知性研究チームのチームリーダー。社会的脳機能の研究を行う。2014年に株式会社ハコスコを創業。2023年7月、M&AによりDNPの子会社へ。著書に「つながる脳」、「脳と生きる」、「現実とは?」等がある。