“すばる”のような恒久的な美しさを求めて。「メカニカルムーンフェイズ M45」が切り拓いたオリエントスターの新地平
2023年4月20日
2021年にブランド創設70周年を迎えたオリエントスターの時計作りが、今年新しい地平へと踏み出します。その一つのきっかけとなるのが、この春登場した「メカニカルムーンフェイズ M45」です。オリエントスターというブランドがどこから来て、どこに向かおうとしているのか、時計作りを通して何を表現したいのか。同モデルの開発陣へのインタビューを通してお届けします。
宇宙に流れるような悠久の時を表現したい
オリエントスターは、デザイン、パーツ、製造の全ての点で「輝ける星」と呼ばれる機械式時計を作りたいという想いを込めて、1951年に誕生しました。1957年には時・分・秒の3本の針をダイヤルセンターに配置した「ダイナミック(※)」を、続く60年代にはマリンスポーツとエレガンスを融合した「オリンピアカレンダーダイバー(※)」などのダイバーズウオッチを発表。これらはブランド草創期の名作として、現在もオリエントスターの歴史に名を残しています。
その後、70年代には時計の内部機構へと目を向け、実用的で高精度の基幹ムーブメント「46系」を完成させます。そして90年代になると、工芸的な美しさを追求したスケルトンウオッチの「モンビジュ(※)」や、ぜんまいの残量を文字板上に表示する「パワーリザーブ」など多彩な開発力を発揮。時代ごとのニーズやライフスタイルを丁寧に汲み取り、さまざまな面からオリジナリティーを打ち出して“きら星”のごときタイムピースを有するウオッチブランドへと発展してきました。
こうした流れの中で、オリエントスターは2017年に大きな転機を迎えます。腕時計の発展に大きな役割を果たしてきたセイコーエプソンとの統合です。互いの匠の技と独創的なデザイン、そして高度な先端技術を融合することで、新たな飛躍の途に就いたのです。
「輝ける星を目指すというオリエントスターのコンセプトにのっとり、互いの技術を駆使して開発したのが月齢付きの46系F7ムーブメント、その象徴的なモデルが2017年に発表した“メカニカルムーンフェイズ”でした」
当時のことをそう振り返るのは、長年オリエントスターの商品企画を担当している三宅哲也です。
「相対性理論にもあるように、時と空間の関係はとても密接なものです。宇宙も一見、縁遠いもののように思えますが、例えば月や星が暦の目安になったり、潮の満ち引きと関係したりと、人間の営みととても深い関わりがあるものです。現代社会のせわしない1分1秒の時間軸ではなくて、悠久の時といいますか、宇宙に流れるような長い時間軸で考えて時計作りをしたい、変わらない価値をご提供したいという想いから月齢付きのモデルが誕生したのです」(三宅)
クラシックムーンフェイズ(※)で幕を開けた宇宙をテーマとした時計作りは、その後、文字板の装飾やパーツの仕上げ、各種モチーフなどに着実に広がっていきます。オリエントスターのファンの方でしたら、湖面に月が映る様を白蝶貝の文字板で表現した昨年発表のメカニカルムーンフェイズをご記憶の方も多いことでしょう。
開発の合言葉は“変えずに変える”
そして今年、オリエントスターの宇宙への旅が新しいフェーズへと突入します。その象徴として発表したのが「メカニカルムーンフェイズ M45」です。
「私たちは信州の塩尻でものづくりをしていますが、夜になると星がきれいで、ゆったりした時間が流れていて、そういうイメージを根底に置いて時計作りをしようと。そこで着目したのが夜空に浮かぶ星団だったのです。モデル名の“M45”は世界共通の星団コードで、英名はプレアデス、和名は“すばる”です。すばるは初冬の東の空に見られるおうし座の散開星団。その昔、清少納言が『枕草子』の中で――星はすばる、ひこぼし、宵の明星が良い――という意味の一節を著しています。太古から変わることなく輝き続け、現在まで長きにわたって日本人に親しまれている点が、私たちが目指す時計作りとぴったり重なったのです」(三宅)
こうして、すばるをテーマとした時計開発が始まりました。開発にあたり鍵になったのは「変えずに変える」こと。相反する要素ですが、三宅とともに企画を担当した桐生彬はその理由をこう語ります。
「オリエントスターと聞いてお客様に思い浮かべてほしいのは、数ある時計の中でもやはりメカニカルムーンフェイズ。ブランドのコンセプトを体現する象徴的なモデルです。このメカニカルムーンフェイズの顔をしっかりと伝えながら、そこに“すばる”を想起させるような新しさを加えることを目指しました。変えない部分と変える部分については相当議論しましたね」
今回のプロジェクトでデザインを担当した加藤秀男は、「変えずに変える」を具体的にこう解説します。
「メカニカルムーンフェイズの“顔”を決定づける重要な要素は変えてはならないと考えました。その要素とは、まずは外装です。丸みを帯びたケースのフォルム、りゅうずの形状、猫脚のようなカン足、そして風防のカーブガラス。次に、時刻を見る際に目に入る針とインデックスです。これらを変えてしまうと時計の顔が変わってしまうため、M45ではメカニカルムーンフェイズと同じ形状のものを採用しました」
その上で大きく変えたのが、文字板の表現です。
「M45のデザインで最も重視したのは、文字板の美しさです。この新しい文字板は、金属に型押しで凹凸を付け、塗装、グラデーション、ラッピング塗装など、通常の倍以上の工程を経ることで文字板に奥行きや深みを出しました。この深みが深淵で神秘的な宇宙を表現するのに格好だと考え、採用しました」(加藤)
さらに、文字板の美しさを際立たせるために、これまでとは異なる「極限まで削ぎ落とすデザイン」を志向します。
「視認性を最優先するなら、通常は時分針やインデックスを目立たせます。ただ、今回は文字板の美しさや全体の雰囲気を味わっていただきたかったので、時分針は文字板と同系色のブルーに、インデックスのローマ数字も黒にして文字板になじませました。6時位置の月齢の周囲に日付表示の目盛りがありますがこちらも黒で抑えて、さらに12時位置のパワーリザーブの目盛りも今回は省略しています。ただ、視認性を全く無視しているかというとそうではなくて、時分針は峰型状にして異なる仕上げを施し、またローマ数字は色ではなくハイライトで視認できるように、多重印刷で立体的な表現を実現しました。要素を削ぎ落としながらも、視認性を保つ工夫を随所に盛り込みました」(加藤)
“何だかスゴい時計ができそうだな”
新しさを追い求めれば、往々にして発見や気づきが得られるものです。こうして完成したメカニカルムーンフェイズ M45を目にした開発陣は、今までは感じたことのない感情がこみ上げてきたと話します。
「今回は190本の限定モデルということで、最初から思い切ったことをやろうという意識がありましたが、試作の段階ですでに“何だかスゴい時計ができそうだ”というワクワク感がありました。この数年はコロナ禍でユーザーさんの声を聞くことが難しくなり、反対に私たち作り手の情報も届きにくくなっていると思います。M45は賛否両論あるモデルだと思っていますが、お客様からいろいろな声を上げてもらって、次のステップへ進んでいくコミュニケーション・ピースのようになってくれたら本望ですね」(桐生)
「私たちの攻めの姿勢、チャレンジする時計作りを早く感じてもらいたいという気持ちでした。これまでにない表現をしているのでもちろん不安もありましたが、とても議論してしっかり作り込んだのできっと伝わるだろうという自信はあった。実際に蓋を開けてみると非常にいい反応を頂いているので、苦労した甲斐がありましたね」(三宅)
「M45で最も重視した文字板は、実は複数の試作を行ってチームで議論しました。その結果、ほぼ全員一致で選ばれたのが一番コンセプチュアルなものだったんです。視認性を補って余りあるほど心に響くもの、気持ちを揺さぶるものがありました。ものの魅力ってそういうことですよね。針やインデックスの色がどうとかそういうことを飛び越えて、人を説得する力があるものが出来たと思います。時計を手にした時にワクワクする、人に見せたくなるといった感情の部分をより意識して、今後もデザインに向き合っていきたいですね」(加藤)